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ブルーノ・ムナーリ、私はあなたを忘れない

Mimi 2019.01.25

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 ブルーノ・ムナーリ(Bruno Munari)の展覧会が世田谷美術館で開かれるのを知った時、まず私がしたことは、前売り券を3枚買うことだった。私の分、そして息子夫婦の分。世田谷美術館はうちから遠い。息子夫婦にただ世田谷美術館に行こうと誘っても、遠いからと逡巡するかもしれない。だが、もう前売り券買っちゃったから、と言えば、仕方ないね、と行くに違いない、と画策したのだ。その期待は的中。孫のゲンちゃんももちろん一緒だ。



   なんで、ブルーノ・ムナーリの展覧会にそんなにも行きたかったかというと、二十数年前、幼い息子が私の持っていたムナーリの本をいたく気に入り、毎日のように2人で夢中になってそれを覗いて楽しんだからだ。わたしは自分が好きで買ったムナーリの本を息子も好きなのが嬉しかった。

   本のタイトルは、『ナンセンスの機械』(窪田富男訳 筑摩書房)。「怠け者の犬の尾を振らせる機械」とか、「雨を利用してシャックリを音楽的にする機械」とか、およそ実用には適さないし、本当に作れそうもないような機械の絵が見開きページの左側に描かれ、右側に説明が載っている。荒唐無稽だが夢が一杯で、本の中の機械は現実にあってもいいような気がしてくる。



  息子は、ひとたび要約の説明を聞いてしまうと、次からは絵を見ただけでストーリーを語り出したものだ。「このカーテンの後ろには指揮者が隠れているんだよね」とか、「この人がすっぽり籠に落ちると、気球が上がるんだ」とか。

   今の息子に「ムナーリ大好きだったでしょ?」「ほら、ヘンテコな機械の絵が一杯描いてある本」と言っても、記憶にないと言う。だが、思いやり深い息子夫婦は、その何だかわからない本を偏愛する母のために、世田谷美術館まで付き合ってくれた。

   世田谷美術館は、息子が赤ちゃんの頃から時々訪れていた。だが、嫁の真由ちゃんにとっては2度目だ。1度目は去年の夏の濱田庄司の展覧会。うちにある濱田庄司の作品がどんなに貴重品だか知って欲しいと願って、この時も前売り券を3枚買い、行かざるを得ない状況を作ったのだった。

  だが、この度、真由ちゃんときたら、陶器の展覧会だとは覚えていたが、作家の名前は忘れたそうだ。ありゃあ!息子に「ほら、濱田庄司でしょ?」と声をかけると、「品川庄司じゃなかったっけ」などと素っ頓狂なことを言う。そんな他愛ない話をしながら、展覧会の会場に到着。展示を見れば、息子はムナーリを思い出すかも、と淡い期待を抱く。



   展覧会では、ブルーノ・ムナーリの業績の全貌が展示されていた。デザイン、絵、モビール、偏光フィルムを使った展示、座れない椅子、照明器具、切り絵、文字が印刷されていない「読めない本」シリーズ等々、どれも色彩豊かで、伝統や既存事実に囚われない、自由な発想のムナーリの世界を反映している。

  これまでは、一冊の本でしかムナーリを知らなかったから、「面白いことを考えるおじさん」くらいにしか認識していなかったが、自分も子供のような発想で、今までにない、大人も子供も楽しめる作品を残した人なのだとわかった。

   子供の遊べるコーナーも用意してあった。早速ゲンちゃんは、ムナーリの作った遊具で遊ぶ。それが面白いのだ。透明な四角い板に、いろいろな絵が描いてあるものが複数あり、それをライトボックスの上に並べたり重ねたりして、自分でストーリーを作る仕掛けになっている。ゲンちゃんはまだお話が出来ないので、わたしが適当にお話を作ってあげる。ゲンちゃんはお話に喜んでいると言うより、透明な板をめくったり重ねたりするのが楽しいらしい。

  帰り、その透明板のたくさん入った箱をミュージアム・ショップで見つけた私は、即座に購入。早速、家でライトボックスの上に並べて、一人でお話を作って悦に入っている。本当はゲンちゃん用にと買ったのだけれど、3歳からと書いてあるので、それまでは私が遊ぶことにした。ゲンちゃんが3歳になったら、一緒にお話を作ろう。



   ブルーノ・ムナーリ、20世紀に活躍したイタリア未来派のアーティスト。昔むかしの、彼の一冊の本との出会いが、この日の展覧会行きを実現させてくれた。そして私は、展覧会に行ったことで、ますますムナーリのファンになってしまった。

  結局、展示を見ても息子はブルーノ・ムナーリを思い出さなかった。いいよ、忘れても。きっと深層心理の中に沈潜して、彼の感受性を育む要素になったのだ、と信じるしかない。

  1歳半にもならないゲンちゃんは、この日のことを思い出さないだろうけれど、ゲンちゃん用の『機械』の本を買ったから、いつかママに読んでもらってね。子供の時ムナーリの本を楽しみ、大きくなると忘れてしまうのが我が家の伝統になるかもしれない。




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