ロシアへの旅 -1
エルミタージュ美術館へ

Mimi

 どの美術館にも目玉がある。ルーブルの「モナリザ」のような。だが、エルミタージュ美術館、と聞いて「ああ、あれを見なくちゃ」と頭に思い浮かぶ美術作品があるだろうか?
 美術館は絵を見に行くところ。でも、絵はどうでもいいからとにかく中に入ってみたいと思わせるのがエルミタージュ美術館だ。
 
 2002年の12月に封切られた「エルミタージュ幻想」という映画を見て以来、エルミタージュ美術館に行ってみたいと思っていた。ロマノフ王朝300年の歴史上のいろいろな場面や人々が、部屋毎に現れる。
ロシアBB
 映画で一番心に残ったのは、映画の最後のシーンである。大勢の男女の集団が広い豪華な階段を下りて行く。女性はふわふわのロングドレスを着て、豪華な宝飾品を身に着けている。男性は礼装。その人たちが群をなしてゆっくりと階段を下りるのだ。
 階段を下りて行く人を見ているだけで感動するなんて不思議だ。豪華の極みを見せつけられたからに違いない。
 
 友人のゆり子さんと、3月半ば「エルミタージュ美術館6時間滞在」を売りにしているツアーに参加することにした。エルミタージュ美術館のあるサント・ペテルブルグに3日間滞在、その後モスクワに移動する一週間のツアーである。
 出かける前に、東洋文庫でやっている「ロマノフ王朝展」に行き、ロマノフ王朝の家系とか、日本との関係などの知識を身に着けた。
ロシアC1LL
ロシアC2LL
 だが、一番役立ったのは、Candace Fleming 著The Family Romanov—Murder, Rebellion & Fall of Imperial Russiaである。
ロシアDLL
 本の写真の上段には、ニコライ二世の家族。そして、下段には同時代の農民の写真が載せられている。ロマノフ一家の娘たちの白い衣装と農民の粗末な衣服との対比が、この本の内容を暗示している。農民が飢えに苦しんでいる時に、ニコライたちが、そんなことを意に介さず豪奢な生活を送っていたかが語られている。
 
「エルミタージュ幻想」の階段の場面を、ただただ「ステキー!」とうっとり眺めていた自分を私は恥じた。ラスプーチンの事件にしろ、政治への無関心にしろ、ロマノフ二世とその妻アレクサンドラは、弱者を顧みないことで自分たちの墓穴を掘ったことが本を読んで明らかになったからだ。あの階段を下っていた貴族の面々も同罪だ。そういうダークな意味合いを込めて、ソクーロフ監督は豪奢に徹する映画を撮ったのだろう。
 
 出発前、モスクワに住むボリショイバレー団のSに、どんな靴がいる?と聞いたら、自分の靴の写真と道路の写真を送ってくれた。わあ、しゃりしゃりの雪道ではないか。あわててアマゾンで似たような靴を注文。出発の二日前に届く。出発の前日にはユニクロに行って、最後の一枚の「極暖」という名のズボンを入手。
ロシアEE1
ロシアEE2
 毛皮の帽子と、掛布団で出来たようなホッケー観戦用のロングコートもクローゼットから引っ張り出して、寒さ対策を万全にした。
 モスクワ経由でサント・ペテルブルクに着く。翌朝、早速エルミタージュ美術館見学だ。
本当に大きい。荷物検査を経て中に入り、クロークにコートを預けると、のっけからウワァ例の階段だ。ガラス窓の向こう側に 鏡を設置することで、更に広く見せる工夫がなされているのだそうだ。
ロシアFF1
ロシアF2LL
ロシアFF3
 だが、豪華なのは階段だけでない。これでもか、とばかりに豪華な部屋が次々と現れる。調度品も素晴らしい。帝政様式というのだそうだが、金を多用した家具の数々にくらくらしてくる。高価なラピスラズリを貼った大テーブル、大噴水、たくさんのライトが灯ったシャンデリアがそこらじゅうに吊るしてある。
 
ロシア噴水修正
ロシアGG2
ロシアGG3
 いくつかの部屋や廊下を経て、ルーベンス、レンブラント、ラファエロなど、美術書で見たことがある作品が並んでいる部屋に入るが、何しろその飾られている環境が素晴らしいので、あっけにとられるばかりだ。どこまでが額か分からないような額もある。日本でも「エルミタージュ展」と銘打った展覧会が開かれているが、この環境は決して持ちだすことはできないだろう。
ロシアHH
ロシアHH2
 もう豪華さに「食あたり」しそうだ。
 歩き回ったあげく、お昼頃にはもうくたくたになった。ところが、エルミタージュ美術館はそれだけでは終わらなかったのだ。それまで見たのは旧館で、その向かいに同じくらいの大きさの新館が立っていて、そこには印象派の展示がされているのだ。棒のようになった足を叱咤激励して、新館を歩く。
ロシアII
 新館と言っても、古い建物で、新しく建てられたものではない。だが、そこはもともと宮殿ではなかったので、中のしつらえは簡素だ。それが印象派の絵と調和していて、じっくり絵そのものを鑑賞できる。だが、あまりにも部屋は大きく、部屋数は多く、ただ歩いて行きすぎるだけで精いっぱい。
 
 嬉しかったのは、私の大好きな画家、ヴュイヤールの絵が4枚もあったこと。三菱一号館美術館のナビ派展でも、彼の絵が何枚も展示されていて興奮したが、ここでも巡り合え、ラッキーとしか言いようがない。
ロシアJJ1
ロシアJJ2
 夕暮れ時、私にとってのレコードだったら「A面」に当たるエルミタージュ美術館訪問が終了した。
 ホテルに戻ると、足の痛さもあってなかなか眠れなかった。そして先にあげたFlemingの本のニコライ二世一家銃殺の場面が脳裏に蘇る。
 
 7月のシベリア、ここは危険だから他に移動することになった、と幽閉されていたロマノフ一家は夜中に叩き起こされ、支度するように言われる。娘たちは、寝間着から着かえる支度に手間取る。医者、コック、クッション(その中には宝石箱が隠されている)を持った女中、飼い犬も一緒に地下の一室に集められると、そこは家具も取り払われている4畳程度の部屋。銃声が外に漏れないようにこの地下室が選ばれたのだ。そんなことを知らない一家は、ここで迎えのトラックが来るまで待つように言われる。ニコライ二世の妻、アレクサンドラが椅子もないの、と文句を言うと、二脚の簡素な椅子が運び込まれる。そこに、アレクサンドラと病気の9歳の息子アレクセイが座る。
 
 トラックが来る音がする。実はそれは、彼らを移動させるためのトラックではなく、彼らの死体を運ぶトラックだった。
 隊長のユロスキーが、ニコライ二世殺害の指示書を読み上げ、ニコライ二世がまず射殺される。次にアレクサンドラ。だが、息子のアレクセイと娘たちは撃たれてもなかなか死なない。彼らは衣服の下にぎっしりと宝石を隠して縫い込んだ下着を身に着けており、それが防弾チョッキとなったのだ。逃げまどう子供たち。アレクセイが追い詰められ、頭を撃ち抜かれる。二人ずつに分かれた娘たちも次々と殺される。最後の二人は、剣で刺されてから、とどめの銃弾を受けた。
 
 彼らの恐怖はいかばかりだったろう。犬も含めてすべての死体がトラックに積み込まれた後に残ったのは、血まみれの椅子二脚。
 そういった凄惨な場面を想像していると、昼間見た豪華な椅子の数々を思い出した。玉座、そして、部屋ごとに違う立派な椅子の数々。
ロシアKK
ロシアKRLL
 相手の立場に立って、という意味で、英語に in somebody’s shoes という言葉があるが、靴ではなく、椅子がこの場合当てはまるかもしれない。農民の固い木の椅子に座ってみる機会がなければ、相手の状況が理解できない。
 今になってからだと、ニコライ二世一家の貧農を無視する態度を非難できるが、あのように豪華な宮殿でお追従する貴族たちだけに囲まれて生まれ育っていると、国民の貧困生活など想像もつかなかったのかもしれない。
 
 娘たちが身に着け、防弾チョッキの役目をした宝石も、結局は「死」という運命を食い止めることは出来なかった。人間としての死だけではない。ロマノフ王朝そのものの死を。

  • 最近の投稿

  • アーカイブ